【コラム1】消費者に対する広告媒体者の責任
消費者に対する広告媒体者の法的責任
弁護士 川 村 哲 二
※これは平成22年8月23日付メディア総合誌「文化通信」掲載
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- はじめに
新聞や雑誌の広告を見て商品を購入したが、広告内容が虚偽であったため購入者が損害を受けた場合、広告主とは別に広告媒体である新聞社、出版社や広告代理店は購入者に対して法的な責任(損害賠償責任)を負うか、という問題は以前から論じられてきた。
通常そのような場合、広告主への賠償請求のほうが容易だが、現実には広告主の倒産や無資力などの理由で被害救済が期待できないことも多い。私がこれまでに関与した消費者被害事件、特に悪質な詐欺的業者の事件では業者は倒産状態であることも多く、被害者救済のため、広告媒体者や広告出演者に対する損害賠償請求を検討することも珍しくない。しかし現実にはこのような責任が認められないことが多かったのも事実である。
しかし、5月に大阪地裁でパチンコ攻略法情報の広告を掲載した雑誌の出版社などの損害賠償責任を認める判決が出た(大阪地裁平成22年5月12日判決 ※追記 判例時報2084号37頁~※)。
以下、広告媒体者の消費者に対する法的責任についての議論の状況を概観し、今後の問題点を指摘してみたい。
なお、広告と消費者法に関する最新文献としては、「現代消費者法№6」(民事法研究会)がある。今回割愛した部分を含めた拙稿も掲載されているので一読いただけば幸いである。 - これまでの広告媒体者責任の裁判所の判断枠組み
一般的に広告媒体者の損害賠償責任の法的根拠は、民法上の不法行為責任である。従来の裁判でも新聞社と購読者の間の契約に基づく債務不履行責任を求める例もあるが(次の最高裁判決の事件でも下級審では問題となった。)、ここでは不法行為責任のみを対象とする。ポイントとなるのは、広告媒体者の「広告内容の真実性についての調査確認義務」の存否である。つまり、広告媒体者が全ての広告内容の真偽を確認する義務があるという考え方は取り得ないので、具体的な事案で広告内容の調査確認義務が存在したかどうかが判断されるのである。
この問題につき重要な判決が最高裁平成元年9月19日判決である。マンション未着工のまま業者が破産した事件で、新聞広告を見てマンション購入契約をし、内金を支払った顧客が新聞社や広告会社を訴えた。最高裁は、結局新聞社の責任を認めなかったが、調査確認義務について、以下のように述べている。
「・・広告掲載に当たり広告内容の真実性を予め充分に調査確認した上でなければ新聞紙上にその掲載をしてはならないとする一般的な法的義務が新聞社等にあるということはできないが、他方、新聞広告は、新聞紙上への掲載行為によってはじめて表現されるものであり、右広告に対する読者らの信頼は、高い情報収集能力を有する当該新聞社の報道記事に対する信頼と全く無関係に存在するものではなく、広告媒体業務にも携わる新聞社並びに同社に広告の仲介・取次をする広告社としては、新聞広告のもつ影響力の大きさに照らし、広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情があって読者らに不測の損害を及ぼすおそれがあることを予見し、又は予見しえた場合には、真実性の調査確認をして虚偽広告を読者らに提供してはならない義務があり・・」
簡単に言えば、普通は新聞社に広告内容の真実性の調査確認義務はないが、「広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別の事情」がある場合は、調査確認をして虚偽広告を掲載しないという義務が生じる、ということである。
この判決の後、同じ判断枠組みが使われた裁判例として、大和都市管財抵当証券商法に関する新聞広告、ジー・オー・グループの詐欺商法のテレビCM、エンジェルファンド投資詐欺事件の雑誌広告、平成電電の出資者募集の新聞広告に関する事件などがあるが、全て広告媒体者の責任が否定されている。 - 今回の大阪地裁判決
このような状況の中で、今回、冒頭の大阪地裁判決が出た訳であるが、この事案はパチンコ攻略法に関するもので、広告主からパチンコ攻略の打ち方の情報を得て、利得を広告主と顧客で分けるという内容であり、それを始めるために保証金や入会金を先に支払う必要があるが実際にパチンコを攻略することは困難というものである。そして顧客が返金を求めたが当該業者は所在不明となっており、広告掲載した雑誌(コンビニで販売)と広告代理店を被告として訴訟提起している。
この大阪地裁判決も、雑誌社らの過失存否の判断にあたって前記最高裁判決の枠組みを踏襲した。①この雑誌は広く書店やコンビニで販売され、著名な新聞ほどではないにしても、ある程度の信頼や影響力はあった、②費用がかからずパチンコの資金まで提供を受けて最低日額5万円の支払を受ける仕事などといった内容等の本件の事情のもとでは広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別事情があった、③真実性の調査確認をしていない、として広告媒体者の義務違反(過失)を認定したのである。
この事件は、パチンコで稼ぐというアングラ的な情報商材をめぐる紛争であり、広告媒体者もその特殊分野の業者であるため、一般的な新聞社、出版社の広告責任への影響は不明であるが、責任を認めた先例として今後参考になると思われる。 - 今後の展望
冒頭に述べたように広告媒体者責任について問題化する事案の増加が予想される。その理由は次の4点である。
第一には、全般的な傾向としてではあるが、昨年の消費者庁設立で象徴されるように、消費者の市場での権利の確立の要請が強まる方向にあることである。
第二に、現在の経済状態での広告の質の劣化という実態である。不況により広告主獲得は困難になり、結果的に、これまでは掲載しなかったような消費者とのトラブルが懸念される業者の広告が増えることである。
第三に、同じく現在の状況下で、利益優先、消費者無視の悪質な広告を行う業者が増えるのではないか、という懸念である。広告料金の低下もこれを促進する。
第四に、広告戦略が進歩し、単に広告主に対する広告の場の提供にとどまらないケースが増えた点である。広告媒体者が積極的に広告内容に関与することが珍しくなくなっている。
このような背景事情の下では、前記の最高裁判決の枠組みを前提としても、「広告内容の真実性に疑念を抱くべき特別事情」が認められる事案が増えることが充分に予測される。例えば、新聞が悪質商法や商品の安全性について読者に注意を呼び掛ける記事を掲載し、一方で同様の業者の広告を掲載して広告料を受け取って読者に提供するというケースも起こりうるが、法的責任が認定されることも充分考えられる。したがって、広告媒体者は、これまで以上に業界の自主規制、社内の審査体制などを強化する必要があるといえよう。
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