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2012年2月20日 (月)

宮川光次裁判官の反対意見(光市母子殺害事件最高裁判決)

 本日の光市母子殺害事件の最高裁判決の補充です。

 この判決には、金築誠志裁判官の補足意見と宮川光治裁判官の反対意見が付いています。多数意見と共にいずれも見ていただきたいものですが、特にここでは宮川裁判官の反対意見をコメントなしに紹介しておきます。少し長くなりますが、ほぼ省略なしです。
 ここでいう反対意見は、無期懲役刑にすべきだという主張ではなくて、高裁に再度差し戻して高裁で量刑事情をさらに審理したうえで判断すべきとするものです。私は非常に重要な意見だと思いますが、いろいろな考え方があるところであり、読者の方がそれぞれ受け止めていただければ幸いです。

【宮川裁判官の反対意見】

1 私も,多数意見と同じく,被告人の本件行為は,(1) 被害者に対する殺人,強姦致死,(2) 被害児に対する殺人,そして,(3) 窃盗にそれぞれ該当すると考える。被告人の弁解は不合理であり,遺族がしゅん烈な被害感情を抱いていることは深く理解できる。被告人の刑事責任は誠に重い。私が多数意見と意見を異にするのは,次の点である。被告人は犯行時18歳に達した少年であるが,その年齢の少年に比して,精神的・道徳的成熟度が相当程度に低く,幼いというべき状態であったことをうかがわせる証拠が本件記録上少なからず存在する。精神的成熟度が18歳に達した少年としては相当程度に低いという事実が認定できるのであれば,そのことは,本件第1次上告審判決(略)がいう「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」に該当し得るものと考える。また,精神的成熟度が相当程度低いという事実が認定できるのであれば,強姦の計画性を含め本件行為の犯情等の様相が変わる可能性がある。以下,詳述する。

2 いわゆる永山事件の差戻し前控訴審は,被告人が劣悪な生育環境であったことをとらえ,「犯行当時19歳であったとはいえ,精神的な成熟度においては実質的に18歳未満の少年と同視し得る状況にあったとさえ認められるのである」として,これを量刑判断の一事情として1審の死刑判決を破棄し,無期懲役を言い渡した(略)。これに対し,最高裁は,犯行時19歳3か月ないし19歳9か月の年長少年であった「被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視しうることなどの証拠上明らかではない事実を前提として本件に少年法51条の精神を及ぼすべきであるとする原判断は首肯し難い」として,破棄し差し戻した(略)。この最高裁判決は,被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得ることが証拠上明らかな場合に少年法51条の精神を及ぼすことができるかどうかについては,これを否定してはいない。本件第1次上告審判決は,被告人の生育環境について,「実母が被告人の中学時代に自殺したり,その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど,不遇ないし不安定な面があったことは否定することができないが,高校教育も受けることができ,特に劣悪であったとまでは認めることができない」とした上,「結局のところ,本件において,しん酌するに値する事情といえるのは,被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないということに帰着する」が,そのことは,「相応の考慮を払うべき事情ではあるが,死刑を回避すべき決定的な事情であるとまではいえ」ないとしている。第1次上告審判決は,被告人の生育環境が特に劣悪であったとまでは認められないとし,被告人が18歳になって間もないということでは死刑を回避する決定的事情とはなり得ないといっているのであり,被告人の精神的成熟度が18歳未満の少年と同視し得る状態であったことが証拠上認められる場合に,それが,「死刑の選択を回避するに足りる特に酌量すべき事情」に該当するということを,否定してはいない。

3 もっとも,原判決が指摘しているとおり,少年法51条1項は,死刑適用の可否につき18歳未満か以上かという形式的基準を設けているのであり,精神的成熟度及び可塑性の要件を求めていないのであるから,精神的成熟度が不十分であるからといって少年法51条1項を準用し死刑の選択を回避すべきであるということには直ちにならない。しかしながら,「少年司法運営に関する国連最低基準規則(北京ルールズ)」(1985年)は,少年保護の基本理念に基づいて,「死刑は,少年が行ったどのような犯罪に対しても,これを科してはならない」としているのであり(17条2項。「少年」とは,各国の法制度の下で犯罪のゆえに成人とは異なる仕方で扱われることのある児童もしくは青少年である。2条2項(a)),留保的表現がなく,およそ,少年について死刑の選択は許さないという考えが明瞭である。18歳以上の少年に死刑を認める少年法51条1項は,この趣旨に合わない。もっとも,上記北京ルールズは,国連総会で採択された決議にすぎず,法的拘束力はない。北京ルールズ自らも「この規則の実施は,各加盟国の経済的,社会的・文化的条件に応じて進められなければならない」(1条5項)としている。我が国は,指導理念としてこれを尊重し,実現に向けて努力すべきものであり,少なくとも,少年法51条1項は死刑をできる限り回避する方向で適用されなければならないと思われる。また,刑法41条は14歳未満の者の行為は罰しないとしており,16歳未満の者は故意の犯罪行為により被害者を死亡させた場合であっても家庭裁判所から検察官へ原則送致はされない(少年法20条2項)。これらの背景には,行為規範の内在化が特に進んでいない年少少年の行為については,刑法的に非難することは相当でなく,刑罰による改善効果も威嚇効果(犯罪防止効果)も期待できないという考えがあると思われる。
 以上を総合して考えると,精神的成熟度が少なくとも18歳を相当程度下回っていることが証拠上認められるような場合は,死刑判断を回避するに足りる特に酌量すべき事情が存在するとみることが相当である。

4 少年刑事事件の審理においては,「少年,保護者又は関係人の行状,経歴,素質,環境等について,医学,心理学,教育学,社会学その他の専門的智識特に少年鑑別所の鑑別の結果を活用」するよう努めることが要請されている(少年法50条,9条,刑訴規則277条)。この専門科学的解明の要請は,本件のように死刑を適用するかどうかが争点となっている事件では,特に強く働くものといわなければならない。本件では,少年調査記録のうち鑑別結果通知書(略)と少年調査票(略)が取り調べられている。鑑別結果通知書の総合所見は,被告人の「内面の未熟さが顕著である」とし,自殺した「母親と父親からの見捨てられ感は強烈」であるとしている。少年調査票の家庭裁判所調査官3名の意見は,小学校入学前後から激しくなった両親の諍い,父親の暴力,被告人の被虐意識,中学1年時の母親の自殺等が被告人の精神形成に影響を与えたことを示している。父親の暴力は,1審,第1次控訴審,第1次上告審では取り上げられていないが,12歳時における母親の自殺とともにこの事実が被告人の幼少年期において与えた影響をどう評価するかは,本件の重要なポイントでもあると思われる。以上について,原判決は,同情すべきものがあり,人格形成や健全な精神の発達に影響を与えた面があることも否定できないが,「経済的に何ら問題のない家庭に育ち,高校教育も受けることができたのであるから,生育環境が特に劣悪であったとはいえない」とするにとどめている。しかしながら,家庭裁判所調査官は,「3歳以前の生活史に起因すると思われる深刻な心的外傷体験や剥奪,あるいは内因性精神病の前駆等により人格の基底に深刻な欠損が生じている可能性も疑える」と記述しているのであり,鑑別結果通知書中においても,顕著な内面の未熟さのほか,幼児的万能感の破綻,幼児的な自我状態が指摘されている。そして,家庭裁判所調査官は心理テスト(略)結果の解釈として,「いわゆる罪悪感は浅薄で未熟であり,発達レベルは4,5歳と評価できる」と記述し,バウムテスト(ツリーテスト)でも「幼稚で自己愛が強く」と記述している。これについて,原判決は,「TATの結果のみから精神的成熟度を判断するのは相当でない上,前後の文脈に照らすと,この記載は,主として被告人の罪悪感に関する発達レベルを評価したものと解される」と述べているが,それ以上の付言はない。罪悪感に関する発達レベルとは,行為規範の内在化がどの程度進んでいるかということであり,行為の是非を弁別する能力の発達レベルそのものであろう。それは,精神的成熟度の重要な指標と考えるべきものでもあろう。「4,5歳」であるとの評価には疑問もあるが,家庭裁判所調査官の認識は被告人においては行為規範の内在化はかなり遅れており,人格的成長は幼いというものであったと思われる。原審においては,これら少年調査記録の内容を基に,被告人の人格形成や精神の発達に何がどのように影響を与えたのか,犯行時の精神的成熟度のレベルはどのようなものであったかを分析し,測るという作業が必要であった。

5 本件においては,被告人側から,B教授の「犯罪心理鑑定報告書」(略)とC教授の「精神鑑定書」(略)が証拠として提出されており,2人の証人尋問が行われている。前者は,それぞれ2時間前後をかけた8回の被告人面接調査を行い,幾つかのテストを実施したほか,父親に4回,母親の妹,義母,高校時代の指導教員,同級生2名にそれぞれ1回の面接調査を行い,各判決書,公判記録,捜査段階の調書,書簡等の資料,前記少年調査記録を参照した上での,犯罪非行臨床心理学の専門家としての知見に基づく鑑定報告である。後者は,被告人とそれぞれ2時間をかけて3回の面接調査を行い,父親,友人1名,被告人の祖母及び母親の妹に面接調査を行い,その他捜査段階の調書を除く前記資料を参照した上での,精神医学,とりわけ青少年の精神病理に関する研究者・医師としての専門的知見に基づく鑑定報告である。B鑑定における「母胎回帰ストーリー」という動機が存在するという鑑定意見は採用できない。しかし,被告人が母親の自殺による急激な自己愛剥奪の影響を強く受けていること,父親との関係での被虐待経験の後遺症があること,身体的性の成熟に対してそれを統制できる精神的成熟が著しく遅れていること,人格の統合性,連続性が乏しく,社会的自我の形成がなされていなかったこと等の意見は,無視できない説得力を有していると思われる。また,C鑑定意見のうち,被告人の人格発達は極めて幼いこと,その原因は,被告人が父親の暴力に母親とともにさらされ,その恐怖体験が持続的な精神的外傷となっており,またそうした暴力を振るう父親に恐怖しながら,強い父親に受け入れてもらいたいという矛盾する感情に引き裂かれてもいること,こうした生育歴の中で被告人は同年齢の者よりも幼い状態であったが,12歳の頃,母親が苦しみ抜いて自殺したことを目撃するという強烈で決定的な精神的外傷体験があり,この結果として,被告人の精神的発達はこの時点の精神レベルに停留しているところがあるという意見は,説得力があると思われる。二つの鑑定意見は,被告人が述べることのみによらず総合的に判断しているとみることができるが,相互に関連し合い,前記少年調査記録とも相応している。

6 原判決は,被告人がそれまでの供述を原審において翻し虚偽の弁解を弄しているとしてこれを厳しく批判し,このこと自体,被告人の反社会性が増進したことを物語り,改善更生の可能性を大きく減殺する事情といわなければならないと指摘している。私も,被告人の原審における供述態度を誠に残念に思う。しかし,人は関係の中でしか成長しないのであって,人間的成熟が12歳かそれを幾ばくか超えたところで停滞しているのであれば,その状態で教育的処遇を受けることなく,拘置の歳月を8年,9年と過ごしたとして,反省・悔悟する力は生まれない。不合理で破綻しているとしかみることができない弁解に固執していることは事実であるが,これを原判決のように「反社会性が増進した」と厳しく批判するのは酷であろう。被告人は,適切な処遇を得れば,時間を必要とするが,自己を変革し犯した罪と正しく向き合うよう成長する可能性があるとみることもできるのであり,前記鑑別結果通知書も,被告人について,公判段階を通じ,被害者の苦悩についての厳しい現実等に直面させる中で,真に贖罪の気持を喚起させることが必要であるが,その作業は,事件の重さに応じた相応の期間を要し,また,精神的なサポートを受け,ある程度安定した状態にないと困難であるため,定期的なカウンセリングが望まれるとしている。記録によると,被告人は精神安定剤を多量に服用するという日々が続いていたことがうかがわれるが,平成16年2月,自ら進んで教誨師による教誨を受け始める等,年月を経て,現在は,次第に事実と向き合い,贖罪の気持ちを高めつつあることをうかがうことができる。

7 被告人の精神的成熟度が相当程度低いということが認定できるのであれば,本件犯行の犯情(計画性,故意の成立時期等)及び犯行後の行動に関わる情状についての理解も変わってくる可能性がある。本件は,被告人の人格形成や精神の発達に何がどのように影響を与えたのか,犯行時の精神的成熟度のレベルはどのようなものであったかについて,少年調査記録,B鑑定及びC鑑定を的確に評価し,さらには必要に応じて専門的智識を得る等の審理を尽くし,再度,量刑事情を検討して量刑判断を行う必要がある。したがって,原判決は破棄しなければ著しく正義に反するものと認められ,本件を原裁判所に差し戻すことを相当とする。

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