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2007年2月26日 (月)

著作権騒動(「おふくろさん」)に思う

テレビの芸能ニュースを見ると、昨年末の紅白での森進一「おふくろさん」について作詞者川内康範氏が、激怒しているとのこと。

川内氏というと、なぜか私は、小さい頃に月光仮面(再放送である。念のため。)の主題歌のバックに流れる原作者の名前でしっかりと覚えている。ちなみに、この方の名前をWikipediaで調べると、いろいろな意味で凄い方であることがわかる。

事実関係を正確に把握しているわけではないので、残念ながら結論めいたことは書けない。著作権法上の問題でいうと中心的な点としては同一性保持権の問題が指摘されているようだが、JASRAC(日本音楽著作権協会)との関係や森氏が以前から同様の歌唱を行っていた事実などに関しても検討しなければならないであろう。

ところで、このような音楽(歌詞を含む)に関する著作権問題というのは、どちらかといえば、古典的な紛争である。著作権で保護される「著作物」は、「思想又は感情を創作的に表現したもの」で、「文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」である(著作権法2条1項1号)。「創作的に表現」といっても、別に上等なものである必要はない。私のこの駄文にどなたも興味を示さなくても、ちゃんと著作物として著作権は発生する。特許権や商標権と異なり、どこかに登録したり届け出たりする必要もない。

さきほど古典的といったが、小説や絵画や音楽のような伝統的な芸術的分野での「盗作だ」、「模倣だ」というようなレベルで著作権を考えるのは比較的わかりやすいのだが、最近は、ソフトウエア(プログラム)だのデータベースだの、目や耳で直接的には感得、掌握できないようなものにまで対象が広がっているうえ、映画や音楽などの伝統的著作物でさえも、その経済的な価値が以前とはケタ違いになっていて、世界的な一大産業となっている。これもいわばデジタルコンテンツとしての価値とみることができよう。しかも、デジタルであるが故に、技術の飛躍的な進歩とあいまってコピーが容易である。さらに、インターネットを背景にしたIT社会では、そのコピーが増殖し、拡散していくのもあっという間の事である。ひとたび流出してしまえば、回収することが困難なことは、個人情報の流出の問題と同じ事である。

したがって、「おふくろさん」問題のトラブルならばいざ知らず、現代のデジタル化されたコンテンツの権利保護を、古典的な著作権法のツギハギで繕うことは限界をとっくに超えている。明らかに本来の守備範囲以上の過大な荷物を背負わされている著作権法が何だか可哀想に思えてしまう。

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コメント

>来の守備範囲以上の過大な荷物を背負わされている著作権法が何だか可哀想に思えてしまう。

同感ですね・・・ 私も作詞したりしますから勉強中ですかが、あの森進一がハシタナイことをやっているように思えます。それとも、ただの無知なのでしょうか。

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